【視力を失った】ジョゼフ・アントワーヌ・フェルディナンド・プラトーの功績

本日のgoogleロゴの人物をご紹介いたします。

失明しても研究をつづけ、様々な功績を残したジョゼフ・アントワーヌ・フェルディナンド・プラトー。

彼はどんな人物だったでしょうか?

また、なぜジョゼフ・プラトーは失明しても研究をつづけることが出来たのでしょうか?

今回の記事では

  • ジョゼフ・アントワーヌ・フェルディナンド・プラトーの失明の原因
  • 失明後、研究を続けられた理由

について解説します。

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ジョゼフ・アントワーヌ・フェルディナンド・プラトーが本日のグーグルロゴに

失明した物理学者|ジョゼフ・アントワーヌ・フェルディナンド・プラトー

ベルギー出身の物理学者であり、数学者だった彼はフェナキストスコープの発明で有名です。

瞬間的な照明効果を作り、停止された映像を連続的に見せるフレーム方式(stroboscopicaction)で、初期の映画起源における先駆者の一人として挙げられます。

しかし、後に彼は失明(blindness)してしまいます。

その原因については明確な説はありませんが、色々な文献や状況から原因を探ることができました。

彼の文章をみると実験のために太陽を25秒も見続けていたとのこと。

やはり太陽を長く眺めたために生じた光毒性(Photoxicity)による失明ではないかと今は思われています。

正確な失明時期はわかりませんが1843年ごろから次第に悪化したものと見られています。

そして、40歳ごろにはすでに失明したそうですが光を認知することは可能だったようです。

わずかな光しか認知することが出来なかったのですが、その後彼はどうやって研究をつづけることができたのか?

妻や妹の支え

ジョゼフ・アントワーヌ・フェルディナンド・プラトーの妻はいつも秘書のように隣で論文や記事を読んでくれました。

そして妹は彼が研究していた絵を描いてくれたので持続的に研究をつづけることができたそうです。

妻と妹、この二人の女性のおかげで彼は死ぬ前まで多くの業績を残すことができたのです。

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ジョゼフ・プラトーの作品

ジョゼフ・アントワーヌ・フェルディナンド・プラトー
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