セルゲイ ディアギレフは同性愛者で極度の綺麗好きだった事が判明!

   

セルゲイ ディアギレフさんはと言えば、ロシアのバレエ団の創設者としてかなり有名な方なんですが、そんなセルゲイ ディアギレフさんがGoogleロゴに登場!

実は同性愛者としても有名で極度の綺麗好きで面白いエピソードがいくつかあったのでご紹介しますね。

 
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セルゲイ ディアギレフはどんな人物?

セルゲイ ディアギレフは同性愛者で極度の綺麗好きだった事が判明!

セルゲイ ディアギレフさんは1872年に裕福なロシアの家庭で生まれました。

セルゲイ ディアギレフさんは大学に進学し、法科に在籍していたんですが、法律の勉強はほとんどせずに声楽や作曲の勉強に夢中でした。

そんな大学生活を送った後、セルゲイ ディアギレフさんは義母からとんでもない遺産を手にします。

そして、大金をもって旅に出た彼は絵画を爆買い!

自前の展覧会を開催していたんです。

それをきっかけにセルゲイ ディアギレフさんは「芸術世界」という雑誌を作り、新しい美術や作品などたくさんの芸術を紹介していました。

もともとセルゲイ ディアギレフさんは最初、音楽や美術に関心があったのですが、だんだんバレエにはまってしまい、大きな業績を残します。

セルゲイ ディアギレフさんのパリの展覧会が大成功し、さらにロシアの音楽演奏会を企画。

演奏会も成功し、バレエ公演まで大成功を収めたセルゲイ ディアギレフさんだが、とんでもない借金を抱えてしまい、破産状態になってしまいました。

彼があれほど成功し続けていたのにも関わらず、なぜ借金を?

そこには当時、最大のスポンサーであったヴラジーミルという大公が死んでしまったからです。

ヴラジーミル大公の死により、ロシアの帝室からの資金援助も切れてしまったためセルゲイ ディアギレフさんは借金を抱えてしまったのであります。

それでもセルゲイ ディアギレフさんは将来の公演のために作曲を依頼するなど、バレエ公演に対する熱い情熱を見せていました。

その後、再結成されたバレエ団はオペラ座においての新作や上演していた作品も成功を収めました。

セルゲイ ディアギレフのバレエ団「バレエ・リュス」

セルゲイ ディアギレフさんの業績として最初の言及されるべきことは、バレエ・リュス(Ballets Russes)の設立であります。

このバレエ団を1909年にフランスのパリで創立したセルゲイ ディアギレフさんは、最初の常任振付師にミハイル・フォーキン(Michel Fokine)を選任します。

また、美しさと知的な魅力を持ったタマラカルボンサビーナ(Tamara Karsavina)と優雅な舞踊でドラマチックな動きを表現していたアンナパブロワ(Anna Pavlova)など才能のあるバレリーナたちとも一緒でした。

後からヴァーツラフニジンスキ(Vatslav Nizhinskii)も振付師として参加します。

バレエ・リュスの公演は、今までのバレエ公演とは色々な部分で違ってました。

セルゲイ ディアギレフさんは今までと同じ振り付けを拒否し、バレエの舞台に複数の芸術ジャンルの統合を試みました。

そんなバレエ・リュスの歴史は、1929年まで継続され、ヨーロッパの各地を巡回しており、続々と優れた作品を観客に披露しました。

セルゲイ ディアギレフさんの影響力があまりにも強大たバレエ・リュスは、彼の死と解体されたが、彼が誕生させた数多くの作品は、今もバレエの名作として評価されています。

 
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セルゲイ ディアギレフは持病があった

セルゲイ ディアギレフさんの持病は糖尿病。

現代社会でもかなり厄介な病気なんですが、当時にも苦しんでいる人がいなんですね。

バレエ団のために精力的な活動ぶりをみせており、若い作曲家もつれていろんな国を旅していたセルゲイ ディアギレフさんは旅先でなくなってしまいました。

その場所はサン・ミケーレ島でイタリアの北東部にあります。

セルゲイ ディアギレフは同性愛者だった?

セルゲイ ディアギレフさんは実は一生同性愛者でした。

しかし、セルゲイ ディアギレフさんは同性愛を一流の芸術として教育を行っていたんですが、そのお相手でもっとも有名な人物がニジンスキーさんでした。

ニジンスキーさんは有名なロシアのバレーダンサーであり、振付師でした。

他にもロシア出身の台本作家であり、詩人だったボリス・コフノさんもいました。

ボリス・コフノさん

ボリス・コフノさんはセルゲイ ディアギレフさんに関する本「ディアギレフとロシア・バレエ団」を書いており、その本は今でもかなり重要な史料として評価されています。

極度の綺麗好きだった事が判明!

一生同性愛者だったセルゲイ ディアギレフさん、意外と極度な綺麗好きでして、細菌感染が大嫌いだったみたいです。

どれほど嫌いだったかというと友人のお見舞いに行ったにも関わらず、病室には入らなかったと言います。

また、馬の息を避けたくて屋根がついてない馬車は乗ってないなど面白い人物ですね。

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